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イラスト性と漫画性が高度に融合した、神秘的な世界観の4コマ漫画――はりかも『夜森の国のソラニ(1)』

起きたくない人間が迷い込む夜の国・「夜森(よるもり)」。ここに記憶を無くした一人の少女が迷い込む。やはり名前を「夜森」という夜森の国の管理人たる少女は、彼女を知人に似ているとしながらも、柔らかな笑顔を見せる彼女に、悲しそうな顔で別人だと漏らす。私は誰なんだろう、私は何を忘れてるんだろう――。夜森の国の住人たちから「ソラニ」という通り名を与えられた少女の、無くした記憶を探す長い夜が始まる。

本作は、言わば女性的な〈ガンガン的想像力〉に満ちた作品だと言えよう。夜だけの国という閉鎖的で神秘的な世界観。謎に満ち、そして秘密を持つ、夜森の住人たる少年少女たち。それらを描く端整な描線と、時に自然で時に奇抜な色遣いをした水彩の質感の絵。これらが合わさって描かれる夜森の住人たちの物語は明朗さと仄暗さをあわせ持っている。住人たちはそれぞれに個性的である。ソラニや夜森と行動を共にする、女の子に優しい「王子」、暴力的な看護師の「赤衣」、ガラクタ作りが趣味の「屑持」を始め、兄を亡くした少女、魔女を追う少女と相棒の犬、異形を見る目を持つ少年、勉学とバイトに忙しい苦学生と、いずれもひとクセ揃い。そんな彼/女たちの物語は、現在が相対的に明朗であるがゆえに、過去に負った心の傷が仄暗く、そして痛々しく響く。極めつけは夜森と対置される国と人物・「昼森」だろう。理想と現実が食い違う昼と夜、すなわち幸と不幸の二項対立を担う昼森は、心の傷と向かい合う夜森の国の住人たちの、そして帰還的に彼女自身の実存性を照らし出す。こうした〈ガンガン的想像力〉は、藤野もやむ、浅野りん、藤原ここあなどの作品が響く読者にきっと響くことだろう。

さて、本作は『まんがタイムきららミラク』連載作品である。私は同誌連載作である『純粋欲求系リビどる』の評において、ミラクを「アニメのような4コマ漫画の4コマ誌」であると述べ、『リビどる』を通じてその核を「巧みなカメラワーク」であると述べた。これは『Good night! Angel』『桜Trick』『リリィ』などの主たるミラク作品では確かに当てはまる。しかし、こと『ソラニ』となると、この表現は正確とは言い難い。なぜなら、本作は多分に「漫画的」だからである。「平面上に空間的に描かれる連続したコマを映画のように見せる」ための技法が、本作の至るところに用いられているからである。しかし、イラストレータが持つビジュアル技術を最大限に発揮するとともに、作品のストーリーを効果的に演出する、という目的は『リビどる』と変わらないと言えよう。ここにおいて、私はミラク評を「イラストレータが持つビジュアル技術が巧みな漫画技法により4コマ漫画として紙面に定着した4コマ誌」と更新したいと思う。

『夜森の国のソラニ(1)』p.5 右1-4コマ目

(図1:p.5 右1-4コマ目。クリックで大きな画像。)

このミラク評を踏まえて『ソラニ』の話に戻ろう。本作は漫画的な技法が多分に用いられてる。さらに、4コマ漫画として見れば、ふたコマ以上を図像的に連続させる、いわゆる「ぶち抜き」技法が随所で用いられている。ここで私が主張したいことは、このぶち抜きが作者のイラスト性を最大限に生かすために必然的に行われており、かつ、そこに見られる漫画的な技法から、作者はそれを意識的に行っている、ということである。その象徴的なものとして、ソラニが夜森について告げられる一本(図1)を見てみよう。ここではフキダシの空間的な配置による視線誘導と同一化、そして背景や人物といったオブジェクトを枠線上に配置したぶち抜きが行われている。1コマ目を読み始めた読者の視線は、初めは右側の破線円のあたりを泳ぐが、フキダシのセリフのために左上と誘導される。1コマ目のセリフを読み終えて2コマ目のフキダシに目が移る直線上には夜空の月が描かれ、同様に2コマ目と2・3コマ目間のフキダシ間を結ぶ直線上には森の木々が描かれている。これら「夜」と「森」の印象は、待ち受ける2・3コマ目間のフキダシの断片的なセリフ「ここは夜森」と即座に結び付けられ、実感を帯びて読者に伝わることだろう。そして、2・3コマ目間と3・4コマ目間のフキダシ間の直線上にはソラニの目が存在する。ここにおいて、読者はソラニと同一化する。かくして、3・4コマ目間と4コマ目のフキダシの断片的なセリフ「起きたくない人間が迷い込む」「夜の国だよ」は、先ほどの2・3コマ目間のセリフとともに、まるで詩のようなリズムでもって、まさに夜森に迷い込んだソラニとして物語に没入している状態の読者に届くのである。ここで、フキダシはもちろんのこと、森の木々やソラニ自身などもぶち抜きで描かれていることに注目してほしい。作者は元々イラストレータであり、コマ枠に抑えられることのない広がりを持つ、一瞬を切り取った神秘的な背景世界とキャラが魅力である。2~4コマ目からフキダシが除かれたものを想像すると分かりやすいだろう。しかし、イラストはそのままでは漫画たりえない。そこで、作者は自身のイラストに漫画技法を融合させることにより、その魅力を損なうことなく、漫画として紙面に定着させた。加えて、4コマ漫画という定型のルールを生かしてセリフの断片群を詩のように仕立てることにより、神秘的な世界観を効果的に演出しているのだ。これを必然的かつ意識的に行わずして、どう行うと言うのか!

『夜森の国のソラニ(1)』p.31 右1・2コマ目 『夜森の国のソラニ(1)』p.35 左3・4コマ目 『夜森の国のソラニ(1)』p.102 右3・4コマ目

(順に、図2:p.31 右1・2コマ目、図3:p.35 左3・4コマ目、図4:p.102 右3・4コマ目(左2コマは解説に不要のため黒塗り)。クリックで大きな画像。)

本作ではこの他にも様々なぶち抜きが見られる。いくつか引いてみよう。図2では図1と同様に視線誘導とぶち抜きが用いられている例である。図1では申し訳程度に残っていたぶち抜きコマ群の枠線すら図2では無くなっており、代わりにコマ間の右寄りの空間(木の枝の先端部分が描かれているあたり)がコマを分ける機能を果たしている点が興味深い。図3は枠線が明確に存在しながら、図像的には連続している例である。ただ無為に連続しているのではなく、各コマにアクセントとなるオブジェクト(星飾りおよびぬいぐるみ)が描かれており、総体として引き締まった2コマとなっていると言える。図4に至っては右2コマ目(紙面では4コマ目に相当)の枠が存在せず、コマ枠外の背景のように描かれている。手前の森は左の4コマの枠外にまで描かれ、奥の雲は(図にはないが)さらに紙面の左ページの枠外へと続いている。いずれもイラスト性と漫画性が高度に融合した例と言えるだろう。

『まんがタイムきららキャラット』2012年3月号 p.80 右1-4コマ目

(図5:『まんがタイムきららキャラット』2012年3月号 p.80 右1-4コマ目。クリックで大きな画像。)

4コマ目がコマ枠外の背景のように描かれている例をもうひとつ、単行本1巻には収録されていないが引いておこう(図5)。夜森の月を見上げる住人たち。3コマ目のソラニの視線は太い矢印のように左上を向いている。読者の視線はソラニの瞳を起点に、枠に重なるフキダシによって右下に誘導される。それと同時に、読者の視点はソラニのそれと同一化する。そして4コマ目の右下の位置から、ソラニがそうしているのと同じように、読者は左上に描かれた月を見上げることになるのだ! コマ枠が取り払われ、開放的に描かれる満月の美しさに、読者はソラニと同じように溜息が漏れることだろう。

p.53

(図6:p.53)

作者が漫画的技法を理解していることは、作品本編だけでなく、描き下ろしおまけページにもあらわれていると言える(図6)。おまけページでは1ページを縦長にふたつに分け、半分をイラストと文字によるキャラ紹介に、もう半分をそのキャラが登場する4コマに当てている。キャラ紹介と4コマの左右の入れ替わりこそあれ、他のキャラについても同様のページが用意されている。勘のいい読者なら、この様式は4コマ誌における各作品の扉ページでよく見られる様式に似ていると気づくだろう。あるいは、創作4コマ同人誌でよく見られる様式であると気づくだろう。(例えば、ちょうど筆者の手元にある《ずんだもち姉妹》(荒井チェリー・野々原ちき)のペットエッセイ漫画同人誌『だらだら歩き』でも、縦長半ページをペットの擬人化イラストに、もう半ページをエッセイ4コマに当てているようなページが多く見られる。)このページはまた、ある種の4コマ漫画におけるキャラの図像的な可変性を如実に示している。作者のイラストレータという出自を鑑みれば、このキャラはまずは左半ページのように細密に描かれることだろう。しかし、4コマの枠はこのキャラを細密に描くには小さすぎる。そこで右半ページのように、キャラの身体の一部分を切り取ったり、頭身を低くして、4コマの枠内に収めるのである。これはイラスト的な側面から見たら「4コマの枠はキャラを細密に描くには小さすぎる」と捉えられるかもしれない。しかし、4コマ漫画的な側面から見たら「細密なキャラを何らかの手段で枠内に収めることができれば、そのキャラは4コマ漫画による表現力という後押しを得ることができる」と捉える事ができるだろう。加えて、作者はぶち抜きという技法によって、キャラの図像的可変性の解像度を上げている――細密さをより広い範囲で自由に制御できる――のだ。ここにおいて、もはや作者は物理的な4コマの枠と言う制約に縛られない。その高いイラスト性を、巧みな漫画技法によって自由に、「4コマ漫画」という論理的な枠組みに落とし込むことができるのだから!

イラスト性と漫画性が高度に融合した、神秘的な世界観の4コマ漫画。本作も『リビどる』と同様に、4コマ表現の地平を切り開いたミラク作品のひとつだと言える。作品の世界観に共感した者、作者の〈ガンガン的想像力〉に心動かされた者、あるいはそのイラストに快楽性を見出した者はもちろんのこと、4コマ表現の「今」を追いかける全ての者はこの作品と向かい合うべきだろう。

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コメント

#617: Re: イラスト性と漫画性が高度に融合した、神秘的な世界観の4コマ漫画――はりかも『夜森の国のソラニ(1)』

  • すいーとポテト
  • (URL)
  • 2012年08月29日
  • 07時45分
  • 編集
「図像的可変性の解像度」について補足すると、図1で既にそれがあらわれている。1コマ目のソラニはコマに対して十分に小さく、そして簡潔に描かれている。一方で、3・4コマ目間のソラニはひとコマ分の大きさより大きく、そしてより細密に描かれている。

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