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プリミティブな欲望と女性性――内村かなめの4コマ作品を読み解く

内村かなめ『もっと!委員長(3)』

女性を描いた4コマ作品は数多く存在する。とりわけ,昨今のいわゆる萌え系4コマ漫画の隆盛により,少女を描いた作品が目立ってきている。ある作者は少女たちのゆるい日常を,またある作者は少女たちの少女性を,さらに別の作者は少女たちの賑やかな関係性を,それぞれ自らの作品で描いている。

内村かなめも,そういった漫画家の一人である。この作者の作品はメインヒロインがひとクセもふたクセもあることが特徴である。ドMな風紀委員長,血を吸われる思春期女子,中身はオカンなメイドロボ――。そして彼女たちの日常は,あけすけで,生々しくて,ともすれば下品とすら捉えられるかもしれない。しかし彼女たちの姿に目を凝らせば,実に人間味を帯びていて魅力的なのである。そしてその人間味は,あけすけで生々しい日常だからこそ,読者に強く伝わるのである。

本記事では作者の4コマ作品を「プリミティブな欲望」と「女性性」という二つの観点から読み解き,その女性キャラの魅力に迫る。取り上げる作品は「もっと!委員長」「限定彼女」「俺とメイドと時々オカン」である。

妬きもちとかしましさ――もっと!委員長

内村かなめ『もっと!委員長(3)』120ページ左4コマ目

「もっと!委員長」で描かれるのは女子たちの妬きもちとかしましさである。当初,本作の柱は風紀委員長・ちよのドM性と幼なじみ・えみのドS性にあった。それが,登場キャラが増えるにつれて,女子の間の妬きもちというもう一本の柱が現れてきた。ちよと仲良くするえみに怒りを見せる生徒会長・くま,想い人で不良のゆかと仲良くするくまが許せないちよ,くまと生徒会ズの良い雰囲気の輪に自分も入りたいけどと思い悩むワンオブ生徒会・めい。それぞれ,自らの想いを完全には消化できずに悶々とする。その姿が可笑しく,そして可愛らしいのである。

極めつけは,ゆかにベッタリな第三の女子・金本に対して,ちよとくまが「同調意識」を見せているところだろう。それまでの二人はKYくまにウザがるちよという,少なからず対立的な関係にあった。それが金本と言う共通の敵を前にして想いを同じくし,しかし「風紀委員長」「生徒会長」という肩書きによる世間体を気にしてはイライラを内に封じ込めて悶々とする。このような嫉妬の感情,そしてそれによる同調意識にこそ,彼女たちの人間味が宿っており,彼女たちのキャラクターのリアリティを支えているのである。

そして,女子たちのリアリティは,そのかしましさによって加速される。それはかつて「男子」だった私たち――少なくとも私――が知っている,教室の片隅で賑やかに戯れる「理解できない『女子』たち」と重なり,彼女たちに確固たる実在感をもたらすのだ。そして,このかしましさは,女子たちのテンションの高い会話の描写には当然のこと,「かーいい」(可愛い),「こあい」(怖い)といった言葉レベルにまで表れている。特筆すべきは後者だろう。砕けながらも確かにそのように聞こえ,そして聞いたことがある女子たちの言葉。こうした言葉の選択にこそ,作者のセンスと本質の一片が現れている。

色欲と独占欲――限定彼女

内村かなめ『限定彼女(1)』117ページ左2コマ目

「限定彼女」で描かれるのは,思春期女子・ちまの色欲と姉妹の独占欲である。幼なじみの男子・広音に告白したちまは,告白の場で広音に首筋から血を吸われてしまう。聞くに広音は「吸血種」で,実は幼い頃に彼はちまと「血の契約」を結んでいるという。そこに二人の姉・兄や友人たちを加えて描かれる,二人の恋の秘密の物語。

作品を主に駆動するのは,二人の吸血関係,そしてちまのエロ妄想とエロ実践である。そもそも吸血はセックスの記号なのだが,本作品では第一話から広音の言葉「Hがいい?/血吸われるのが/いい?」によってそれがあからさまにされている。そんな広音に触発されてか,お風呂に入る度に広音に体を捧げることを妄想しては悶えるちま。そして広音に脱がされたり,広音と体を重ねたりするも,一線の一歩手前で留まる・留められる二人。そんな姿のあけすけさが可笑しく,そして少年誌的なドキドキがある。

このようなちまの色欲と並行して,本作では二つの独占欲が描かれる。ひとつは広音に対するちまの独占欲である。それはちまの恋のライバル・宮ちゃんの登場によって露わになる。そしてもうひとつは,ちまに対するちま姉・タカの独占欲である。ちまと広音が吸血関係にあった秘密を知り,自分だけが除け者にされていたタカは,混乱しながら「ちまは私の―」「ちま取らないで―」と言い放つ。どちらも,相手の想いが私じゃない誰かに向けられているという不安,そしてそれゆえに相手を縛りつけようとする姿であろう。そうした負の感情を持て余し,しかし徐々にそれを消化していく姉妹の姿に,人間の弱さと強さを感じずにはいられないのである。この辺りは 4月 5月 に発売される単行本2巻で多く描かれることだろう。

オカン性と母性――俺とメイドと時々オカン

内村かなめ『ちまと委員長と時々オカン』13ページ

「俺とメイドと時々オカン」で描かれるのはメイドロボ・みっちゃんのオカン性と母性である。グータラ男子学生・ゴンの元に届いたのは,オカンがモデルのメイドロボ。ゴンは眠い朝でも叩き起こされ,隠しておいたエロ本は没収され,お年玉は勝手に使われるという散々な目に逢う。唯一の救いである可愛い顔も,若き日のオカンがモデルと聞いてゴンはやきもき。そしてみっちゃんはというと,実のオカンと一緒に「ヨソ様」や「ハニカム王子」といった男性アイドルを楽しんでいる。オカンらしいうっとうしさと欲望,すなわちオカン性がつまったのがみっちゃんであるといえよう。

作品を支える大きな柱は,「可愛いメイドロボ」と「オカン」の間で板挟みになるゴン自身と,それを知ってか知らずか挑発するみっちゃんとの掛け合いである。それを象徴するのが「中入れてよ ゴンちゃん!!」の一本だろう。これは家に遊びに来たゴンの友人たちの会話の輪に入りたいみっちゃんが,彼女を部屋から閉め出そうとするゴンに投げかけた言葉である。健全な男子諸君ならば,この言葉をみっちゃんが必死の表情で訴えるこのコマから,少なからずいかがわしい想像をしてしまうことと思う。それはゴンも同じであったのだろう。だからこそ彼は次のコマで愕然としたのだ。その対象の内面はまごうこと無きオカンなのだから!

しかしその一方で,本作ではみっちゃんの母性も確かに描かれている。先の言葉を含んだ一話でみっちゃんは「一番基本なのが/ゴンちゃんの幸せかな」「友達連れて/紹介してくれたやん/めっちゃ/うれしーわー」と,優しい母としての一面を見せている。もしこれを「メイドロボのプログラムとしてだ」「取ってつけだ」と言うのであれば,小冊子『ちまと委員長と時々オカン』からみっちゃんの恋愛観を引こうではないか。「人を好きになるんは/自分の未熟なところを育て/相手のええ所を見つけ/悪いところは包み込むことや」。この圧倒的に達観した包容力を母性と言わずして,魅力的と言わずして何と言うのか。

おわりに

妬きもちとかしましさ,色欲と独占欲,オカン性と母性。作者三作品で描かれるプリミティブな欲望と女性性は相互に作用しあい,女性キャラクターに人間味を与え,その存在を魅力的にしている。

本記事では作者の近年の4コマ三作品について触れたが,作者は他にも「メイドさんは女王様」シリーズや実話インコ漫画などを描いている。こういった作品と本記事の接続もいずれ行いたいと思う。

既刊一覧

内村かなめ『もっと!委員長(1)』 内村かなめ『もっと!委員長(2)』 内村かなめ『もっと!委員長(3)』 内村かなめ『限定彼女(1)』 内村かなめ『オレとメイドと時々オカン』

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