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仙石寛子『背伸びして情熱』/まんがタイムKRコミックス エールシリーズ/芳文社

仙石寛子『背伸びして情熱』

この日をどれだけ待ち望んだことか。

作者の芳文社誌掲載作品をまとめた単行本。『コミックエール』からは男子生徒と女教師の恋模様を描いた表題作「背伸びして情熱」と,互いを好きになってしまった姉弟の苦悩を描いた「赤くない糸」を収録。『まんがホーム』からは2008年10月号掲載分までのオムニバス作品7編全てを収録。

本単行本および作者は,2009年の4コマ界で最大の収穫となろう。そう思えるほどに,作者の作品は強く痛く読者に響く。そしてその作品は,テーマにおいても表現においても,他のどんな作者の作品とも似ていない。続きで詳しく見ていこう。

――

作者は様々な禁忌的・刹那的な関係を描くが,これらの作品を一貫するテーマは「愛の不安定な距離」である。

例えば表題作「背伸びして情熱」。男子生徒の告白に戸惑う女教師。なおも迫られついに泣き出す教師の姿に「今さらになって怖い」「あきらめます」と自分の想いを殺しかける生徒。しかし今度は逆に生徒が教師に「もう私のことは 好きじゃない?」と迫られる。押せば引かれ,引けば追われ,最後にはある距離に着地するのだが,その過程で二人の距離は常に揺れ動き続ける。

例えば「赤くない糸」。好き合ってしまった姉弟。「その先」をしても姉弟でいられるのかと悩む姉に「わからない」「怖い」と応える弟。彼の内には「いつか姉ちゃんは俺じゃない誰かを好きになるかもしれない」「痕を残したくない」という想いがうずまいている。愛することが傷つけることに直結しているが故にその先へ踏み出せない。「背伸びして情熱」にも見られる考えである。

例えば商業誌デビュー作「桜姫」。子供のいない夫婦に預けられた桜の神様の姫。「私は預けられているだけ」「生まれた子供がかわいくて 私のことを忘れても それでいい」と,夫婦を突き放すように漏らす姫。しかし,夫婦は姫を我が子のように育て,「別れる時は きっと寂しいわね」とまで告げる。「愛されなくてもいい」「愛したい」と想う両者の心は,一様にではなく,やはり離れては近づいて最後にひとつになる。

「愛の不安定な距離」は決して本単行本に閉じた話ではない。既に同人時代から作者の作品にはこのテーマが色濃く表れている。例として,所有者を好くように作られたダッチワイフの心を描いた「ダッチワイフ・ハニー」,少女と四季の精の出会いと別れを描いた「四季は愛」,新しい母ができた少年と彼を母代わりに育ててきたロボットを描いた「母の日・ロボット」が挙げられよう。単行本収録の「赤くない糸」第1話や「雨と猫」も,そもそも初出は同人作品である。

描写こそマイルドなものにしながら,このテーマを商業誌においても貫き通したことについては,作者だけでなく編集の手腕も評価されるべきだろう。単行本あとがきにある編集の「好きに描いてもらった方がいいのかなぁ」の言葉は,決して作者を見捨てたわけではなく,そうすることが作者の感性を最大限に発揮する最良の方法だと感じとった故の言葉だと,私は思うのだ。

――

テーマだけでなく,表現にも言及しなければなるまい。消え入りそうに儚げで細い線は「愛の不安定な距離」と否応なく響き,このテーマを読者の心に強く痛く印象づける。所々に挟まれる人物が登場しないコマも,読者の意識をセリフやモノローグといった言葉に向けさせ,しかしその言葉を発する・受ける人物の表情を読み取らせないことで,言葉から受ける不安を増幅させ,読者の心を不安定な二人へ・作品へと引き込んでいく。

そして何より,4コマという形式だ。本作にはいわゆる「起承転結」は存在しない。ほぼ全ての4コマ間は途切れることなく,一話の中で滑らかにつながっている。4コマ目に置かれうる見せ場のセリフが1コマ目に置かれたり,逆に1コマ目に置かれるべき会話の切り出しが4コマ目に置かれることもしばしばである。他の多くの作品から大きく外れた表現に,少なからぬ人が「この作品は4コマ形式で表現される必然性がないのでは?」と考えることだろう。

ではこう考えよう。作者は4コマという形式の何を利用したか? それは定型のリズムに他ならない。「転」を弱め「起」「結」をずらし,4コマをまさに4コマ――縦に4つ・横に4列並んだ同じ大きさのコマ群――たらしめたことで,作者は一定かつ連続な時間の流れを得たのだ。そしてこの上に描かれた物語は,それを読み進める読者の心を,個々の4コマで寸断することなく,少しずつ大きく揺り動かしていく。あたかも,浴槽の中でリズムよく体を動かすと,少しずつ大きくなる波のように。

そう,全ての表現は「愛の不安定な距離」を強く読者の心に刻むためにあるのだ。これを必然と言わずして何と言うのか。

――

作者についてはまだ語るべきことがある。例えば「愛することと食べる(摂取する)こと」というテーマ。収録作品では「お酒さん」が最も近いか。「体を壊して」しまうよりは「毎日少しずつ」飲む方が「ずっと一緒にいられ」ると訴える,酒ビンに手足が生えた姿をしたお酒さん。ここでの「飲む」は「愛する」の隠喩だろう。

こちらのテーマは,しかしさすがに商業誌ではその描写がかなりマイルドになっていると言わざるを得ない。同人作品を見れば,「雪の子」では少女の姿をした雪の子が男に頭をつかまれ「しゃくしゃく」と効果音付きで食べられる場面がある。「かぼちゃ収穫祭」でも「食べてくださぁーい」と懇願する手足の生えたかぼちゃが旅人によって「ざくさく」「ぐつぐつ」「むしゃむしゃ」と食べられる(種にも言及すべきだろうが割愛)。ビンの体からお酒を注ぐだけの「お酒さん」のなんとかわいいことか。

あるいは人外が登場する作品について。同人作品では先に挙げた「母の日・ロボット」「かぼちゃ収穫祭」の他,赤ん坊を育てる巨大ゼミ「残暑の蝉」などがある。商業では収録作品ではないがホーム掲載の「キラキラ青虫」が最も近い。ただ,描写が生々しいだけに,商業誌でどれだけ読者に受け入れられるのかという懸念はあろう(その意味で「キラキラ青虫」の掲載は,少なくとも私には驚きとともに受け止められた)。

作者は現在も『まんがホーム』にてオムニバス連載を続けている。今後,作者がこれらのテーマを商業誌と言う枠の中でどう表現していくのか。まだまだ注目していきたいところである。

――

最後に,感謝を。作者の創作活動をその初期から追い続けてきた読み手の方々に,特に私にその存在を教えてくれた友人に。作者の作品を見初め,商業誌での活躍の場を与えた編集の方に。おそらく私と同じように作者の単行本を待ち望んでいた雑誌読者の方々に。そして,何より作者自身に。

おとなり感想

特筆すべきは、心理描写というか心の言葉。――1話ごとに三咲くんと須藤先生の目線を交互に変えており、どちらからも感情移入できるんですよ。素晴らしい!なんというセンスの4コマ。「赤くない糸」なんて、1話の間でバンバン目線が変わり、姉弟が何考えて、どう切なくなっているかズバズバきます。

ヤマカム 4コマ漫画「背伸びして情熱」がマーベラス!

「背伸びして情熱」と「赤くない糸」の両方に共通しているのは、作中人物の手に余る大きく複雑な情念を引き算して小さく純粋な情念へと至る過程が、痛みを伴うということである。

MORTALITAS ≫ 純粋な情念をめぐって

登場人物の感情の昂ぶりは勿論ありながらも、それをあえて淡々と描くスタイルなんですけど、4コマの体で、一定のリズムで進んでいくというのが「淡々と」の部分に同調していて、とても読み易くなっています。その読み心地は、マンガというよりはSSに近い。

背伸びして情熱 萌え尽き日記(CM2館)/ウェブリブログ

基本的には保守的な私ですから、疑問は浮かんでしまうのです。しかし、これはこれでいいのかなと。コマの大小、割り方によって表現するのではなく、全く同じ大きさのコマという画面の中で、ストーリーを進めていく。4コマ1組という緩やかなお約束を意識しつつ、話を進めていく。

背伸びして情熱 - koabe's diary (2009-04-10)

とてつもないものを持ってやってきた新人。4コマ漫画の起承転結を完全に無視して、ただ枠が四角いだけのストーリー漫画になっている。だから4コマじゃないって言う人もいる。でもこれは、この形式だからこその雰囲気がきちんとあるんだから、やっぱり4コマだ。

仙石寛子「背伸びして情熱」 - ねこもまぐれる日記 ~淡く眠る猫別館~

仙石さんの作品は同人誌もWEB作品も素敵なのです。個人的には「花と食」が特にお気に入り。仙石さんの描く、ひととひとではない何かとの物語がすきです。

すこペン日和 | いろいろ楽しみながら

関連ページ

背伸びして情熱 仙石寛子 - 作品紹介ページ - 新刊情報 - コミックエール!
「背伸びして情熱」第1話が試し読みできる。
空豆人間
作者サイト。「4コマ」から,この記事で挙げた「かぼちゃ収穫祭」「残暑の蝉」「母の日・ロボット」の他,いくつかの作品が読める。

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コメント

#383: Re: 仙石寛子『背伸びして情熱』/まんがタイムKRコミックス エールシリーズ/芳文社

私自身、4コマ漫画は好きなので時々、拝見さしてもらって主さんの知識量(4コマへの愛)にはいつも驚かされています(笑
仙石寛子さんには余り、注目していませんでしたが
記事を読んで、ちょっと考えを改めました。買って真面目に読んでみようと思います(萌え4コマばかり読んで少々、知識が偏ってるのを反省しつつ




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