2011年06月の記事

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個々の食材の擬人化とその組み合わせが絶妙な食卓コメディ――池尻エリクソン『田中さんちの白米ちゃん(1)』

池尻エリクソン『田中さんちの白米ちゃん(1)』

「わたすは秋田の白米です 今日もおいしくたけますた」――。料理好きのサラリーマン・田中さんに買われたあきたこまちの白米ちゃんと、その友達のみそ汁ちゃんを中心とした食卓擬人化4コマ。竹書房『まんがくらぶ』『まんがライフ』連載。

本作の擬人化は上手い。実に上手い。これは何度言っても言いすぎることはない。まず、元の食材が一目で分かるシンプルな外見で対象の食材を描き、その言動には食材の特性を見事に反映させている点が上手い。白米ちゃんを例に挙げてみよう。外見は蓑を被りもんぺを着た田舎娘。東北の農家をイメージさせる姿である。彼女が炊飯釜の中で研がれる姿は滝修行のごとし。外出するときは田中さんの頬にくっついて。チャーハンとして炊かれればパラパラを踊り、固めに炊かれれば眼鏡をかけた真面目な姿になる。さらに、田中さんラブのみそ汁ちゃんも見てみよう。外見は緑の帯(=ネギ色)に茶色(=味噌色)の着物少女。田中さんへの愛の言葉は湯気で伝える。結婚指輪は輪切りの万能ネギ。バレンタインの贈り物はハート型に固めた味噌だが、「溶きが甘かった」と田中さんに溶かされてしまう。それぞれ、白米と味噌汁の特性が現れている擬人化と言えよう。

登場する食材は、白米ちゃんとみそ汁ちゃんに限らず、バラエティーに富んでいる。雅なる米・魚沼産コシヒカリ。白米ちゃんの姉にして酒飲み・おミキ(=神酒)さん。豆顔(形状的な意味)でネットリ無表情の納豆さん。中身のない男・ピーマンさん。温室育ちの赤髪トマト姉妹(妹はプチトマト)。開放的というか露出癖のあるアジさん。ギターのスター・リンゴさん。ちぢれロングヘアーの中華娘・ラーメンさん。頭のみかんが実はタンコブ(餅つき的な意味)なお餅さん。白髪アフロのわたあめさん――。日常性と季節性を重視する4コマ誌において、日常的な食卓から季節のイベントまで幅広くカバーしていることが分かる。これだけ多くの擬人化キャラを生み出す作者の発想力には平伏せざるを得ない。また、いずれの食材の描写も(ネバネバ系食材という例外はあるが)食べられるという立場にありながらグロテスクな描写はほとんど一切なく、ギャグ漫画としてのコミカルさを大切にしていることが伺える。

そして――ここからが本題だが――本作の擬人化の上手さは、これら個々の食材の描写のみにとどまらず、その組み合わせによるコメディにまで及んでいる。単行本1巻であれば夏祭りの話が最たるものだろう。油揚げの浴衣を身にまとい、田中さんの頬にくっついて夏祭りにやってきた白米ちゃん。ふとしたことから田中さんとはぐれてしまった白米ちゃんは、夏祭りの食べ物たちに助けられて田中さんを探す。ソースせんべいさんは似顔絵を書く。わたあめさんは夏祭り参加者の手にしたわたあめの人脈(?)を使って田中さんの居所を突き止める。そしてかき氷さんは台パチンコを使って白米ちゃんを田中さんの頬に飛ばすアイデアを思いつき、自ら氷のジャンプ台になる。発射間際にかき氷さんは白米ちゃんに言う。「氷はいつか溶けるもんさ/…でもな/友達をアイスる気持ちは溶けやしない――」。言葉遊びも加えたこのコメディには、個々の食材の擬人化の上手さ、そしてその組み合わせの上手さがよくあらわれている。

単行本1巻には収録されていないが、私が最も好きな一話が海賊(かいぞく)の烏賊(イカ)の一話だ(『まんがくらぶ』2011年5月号収録)。この話では、まず漢字、次いで「海賊王」と「大王イカ」による言葉遊びで始まり、そこに光に集まるというイカの習性により光り物が好きな海賊という〈理〉を与え、さらにあぶり出しの宝の地図からあぶられて丸まるスルメの習性を接続している。言葉遊びという一見して安直な発想から始まっているように見えるこの一話は、しかし話が進むにつれて食材の要素が「安直な発想」を確固たる理由づけでもって後ろ支えしていく。そして、最後の一本が終わったときにはコメディとして成立してしまっているのだ。そのコメディの過程は「ここでその要素を持ってくるか!」という驚きの連続である。

作者は擬人化の世界を大切にしている。それは、これまで述べてきたような明らかな擬人化はもちろんのこと、それを影ながら支える技法にも現れている。少し注意して読むと分かるが、本作に登場する人間キャラは目が描かれていない別記事でも似たようなことを書いたが、人間の目の排除はふたつの世界の切り分けを可能にする。すなわち、擬人化された食材たちが描かれるコマに人間の目を描かないことによって、人間の世界と食材の世界を明確に分けることができる。作品で描かれる白米ちゃんの姿は田中さんには見えていないのだ。これが、ファンタジーが許容されにくいファミリー4コマ誌において、しかし本質的にファンタジー要素を含む擬人化を、いわば「食材の国のおとぎ話」として成立させている要因と言えよう。

本作は擬人化とファミリー4コマ誌を論じる上でも重要な作品と言える。多彩な擬人化キャラたちによる日常性と季節性のカバーと、人間の目の排除という擬人化技法による「食材の国のおとぎ話」としての成立――。ファミリー4コマ誌における擬人化的想像力は「動物のおしゃべり」や「東京!」などの作品に既に見られる。しかし、こと「ファミリー4コマ誌との親和性」という観点においては、本作は既存作品に引けを取らないか、あるいはそれ以上の作品であると言っても言い過ぎではないだろう。このような作品が、そもそもファミリー4コマ誌からではなく、ウェブコミック「livedoor デイリー4コマ」から登場したことは実に興味深い。この新たな感性に、今後も注目していくべきだろう。

個々の食材の擬人化とその組み合わせが絶妙な食卓コメディ。擬人化好きのみならず、広く万人に読んで欲しい作品である。

おとなり感想

万人に通じる、そんなマスコット的な可愛さがあって、子供が見ても喜びそう。内容もシンプルだし、するするとスムーズに読めて、そんなところに気の利いたネタが投入されるものだから、くすりと笑ってしまうんですね。しかし、納豆の威力がすごい。あの絵柄の強烈さでもって、どんな状態からでもオチに持ち込める、そんなキャラクター。白米、みそ汁はじめ、他のキャラクターは可愛かったりするのに、納豆だけなぜこんなに!? と思うくらいの扱いで、でも納豆の特徴というかはよく表現されてるようにも思うのですね。

こととねお試しBlog: 田中さんちの白米ちゃん

田中さんに美味しくいただかれるのが大好きな、素朴で可愛いごはんちゃんとみそ汁ちゃんが、嬉しくって大はしゃぎしたり、田中さんのためにしでかしたりしたことが意思疎通の出来ない田中さんをびっくりさせたり不幸を呼び寄せたりしてしまうことになったり、逆に田中さんは大好きだけどごはんちゃんは大のニガテとする納豆(ナゼか全身ぬるぬるの無表情な男達の集団で描かれる(;´▽`A``)を載せられて「えええーーっ!?Σ(T□T)」ってなったりする、食べ物たちと田中さんの間のディスコミュニケーションからくる空回りだったりすれ違いだったり、人間の視点と田中さんを見上げるごはんちゃんたちの世界とのギャップが面白いんです。

田中さんちの白米ちゃん:Comic Twitter !

この4コマでは時々食材目線からのメッセージが織り込まれています。「これだけのために出費した甲斐があった」と思えるぐらいオレのお気に入りの一文があります。「あなたの「おいしい」が聞きたくて、わたすたちはがんばっています。煮たり焼いたり蒸されたりご飯になるのも大変だども、明日もおいしくしてください。わたすたすが「ごちそうさま」を聞かないように」

つらつら雑記帳 【コミックス感想話】ごちそうさまといえる幸せ【田中さんちの白米ちゃん編】

「お米の1粒1粒に感謝しながら残さず食べなさい」その1粒1粒に神様がいる・・・といったようなことを聞かされて、子供時代を過ごされた方もおられるやもしれません。そこには汎神論的な考え方とでもいうのでしょうか、日本的な情緒を感じてしまうのですが、こうした情感を具現化したものこそが、この白米ちゃんたち擬人化された食材たち・・・なのかもしれません。(ゆえに人には視えない)

五里霧中: ◆ 『田中さんちの白米ちゃん』1巻 これは4コマ漫画における”食材”の宝石箱やー!!

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『まんがタイムラブリー』休刊に寄せて――近年の歴史とリニューアルを振り返る

6月13日発売の2011年7月号をもって、芳文社『まんがタイムラブリー』が休刊した。2011年2月のリニューアルからわずか5号、創刊から数えれば17年間の歴史に幕となった。ラブリーをリニューアル前から購読し、リニューアル後も楽しみにしてきた私としては、この休刊は実に残念である。

ラブリー休刊に寄せて、ラブリーの近年の歴史とリニューアルを振り返りたいと思う。概要をあらかじめ述べておこう。近年のラブリーは、2008年末からのストーリー作品志向、2009年末からの4コマ作品への揺り戻し、そして2011年のリニューアルと、方針転換の連続であった。すなわち、リニューアルは突然のものではなかった。私は、リニューアルは二度の大きな方針転換によって読者離れが起きていたラブリーの最後にとっての最後の賭けだったのではないかと考える。そして、リニューアルの失敗は、想定読者に対するアプローチ不足とコンセプトの不訴求にあったのではないかと想像する。

――

ラブリーは2008年末からストーリー作品志向を強くしていく。元々、ラブリーは他の4コマ誌よりもストーリー作品が多かった。2008年のラブリーでは、山本ルンルン、くぼた尚子、ねむようこ、しおやてるこ、ナントカらがストーリー作品を連載していた。また、現在4コマ誌を中心に活躍する板倉梓のデビューも、2008年8月号でのストーリー作品だった。そんな中、遅くとも2008年12月号の巻末には「ストーリー漫画作品大募集!!!」「プロの漫画家として即デビュー&掲載の可能性もアリ」と、編集部の力の入り具合が伺える告知が掲載される。また、2009年3月号の表紙には「オール読み切り!」と、実話誌やティーンズラブ誌でお決まりの煽りが踊り、編集部が女性読者をターゲットにしたストーリー志向を意識していたことが伺える。そして最盛期の2009年6月号では、ストーリー作品が作品数にして8分の23、ページ数にして104分の200を占めていた。

しかし、2009年末から、ラブリーは4コマへの揺り戻しを見せ始める。2010年1月号では新人作家4名による4コマ作品4作品が一挙に新連載となる。以降、これらの作家を含めて、板倉梓、伊藤彩、浅谷歩、古下えみ、七瀬充、十野七、三好ハツミ、舞奈、めぐみこづえ、名苗秋緒、宮賀暦、森菜すずは、大川マキナ、かまだいつき、NAL=ASK、日路、くりきまる、かがみいち、池尻エリクソンといった新人・準新人作家が連載・掲載される。また、この号から少なくとも2010年9月号まで、大乃元初奈、辻灯子、藤凪かおるなど、芳文社の4コマ誌で実績のある作者らの特集が号ごとに作者を変えて組まれる。それと並行して、ストーリー志向は薄れていく。2010年2月号にて連載再開した江草天仁×いべリコ「ハルの見えない望遠鏡」は、連載中断前のようにストーリー形式ではなく、4コマ形式だった。2010年6月号ではねむようこ「ペンとチョコレート」が連載終了した。この号以降、リニューアル直前の2011年1・2月合併号まで、連載作品としてのストーリー作品は登場しない。せいぜい、「ハルの見えない望遠鏡」のラスト三話がストーリー形式だったくらいだ。

そして2011年2月、ラブリーは大々的なリニューアルを行う。「本格ストーリー4コマ誌」を銘打ち、雑誌ロゴも新しくした。これまでの連載作家を文字通り一掃し、スクエニ・一迅社系の作家を中心に集めた。ボーイズラブ要素、ファンタジー要素、大人の恋愛要素を備えた作品を揃え、また1作品あたりのページ数を8~10ページと通常の4コマ誌よりも若干多めに取り、女性向けのストーリー性を色濃く出してきた。「ストーリー4コマ」自体はラブリーのリニューアルを待たずとも既に存在していたが、雑誌として前面に押し出したのはリニューアル後のラブリーが初めてだろう。その意味で、ラブリーのリニューアルは画期的であったと言えるだろう。控えめに言っても、思い切ったものであったことに疑いはない。しかし、その試みは結局わずか5号で幕引きとなり、雑誌自体も休刊となってしまった。

このようなラブリーの近年の歴史を振り返ってみれば、2011年2月のリニューアルが突然起きたものでないことは明らかだろう。2008年末~2009年末のストーリー志向と2009年末~2010年末の4コマへの揺り戻しという二度の大きな方針転換を経て、2011年2月のリニューアルがあったのだ。そして私はこう考える。ラブリーは度重なる方針転換によって少しずつ読者離れが起きていた、と。そしてリニューアルはラブリーにとって最後の賭けだったのではないか、と。むろん、これは私の想像に過ぎない。しかし少なくとも、方針転換に至るまでの期間が短すぎるということは言えるだろう。告知や誌面にあれだけ力を入れていたストーリー作品志向は1年しか続かなかった。4コマへの揺り戻しも、1誌連載の4コマ作品は単行本がおよそ1年半に1冊しか出ないことを考えると、1年という期間は単行本を待たない方針転換ということになり、利潤の重きを単行本に置く芳文社としてはこの期間は短いと言える。そして、こうした短い期間で雑誌の方針転換が何度も起きる時には、往々にして読者離れが起きているものだ(漫画雑誌ではないが、そのような例に『ゲーム批評』が挙げられよう)。ただ、リニューアル後に1年どころかわずか5号で休刊というのは、さすがに期間が短すぎると言えなくもない。しかし、これには東日本大震災による紙とインク不足の影響も少なからずあったのかもしれない(連載作家の堤妙子が震災の影響の旨をブログに記している)。

ラブリーのリニューアルは、成功か失敗かと問われたら、失敗だと言わざるを得ない。私はリニューアル失敗の理由はふたつあると想像する。ひとつ、想定読者へのアプローチが不十分だったのではないか。連載陣からするに、リニューアル後のラブリーは、例えば『Gファンタジー』や『ZERO-SUM』といった雑誌を好む女性を想定読者としていたことが伺える。しかし、リニューアル前のラブリーにこうした色はほとんど全く見られず(せいぜいHEROと内村かなめがゲストとして数回登場していた程度である)、ノウハウはほとんどなかったと考えられる。すなわち、新しい想定読者は言わば「未知の読者」だったと言えるだろう。そんな読者に対して、編集部がリニューアルしたラブリーの存在を届けられていたかどうかは疑問である。もうひとつ、よしんば届けられていたとしても、「本格ストーリー4コマ誌」という煽りが想定読者に訴求しなかったのではないか。想定読者――おそらく普段は4コマを読まないだろう――が本当に知りたかったのは、ラブリーが推す「ストーリー4コマ」作品からどんな快楽が得られるのか――ドキドキなのか胸キュンなのかキャラ萌えなのか――ということだったのではないか。この煽りが響くのは、むしろ以前から4コマ漫画を読んでいた層だろう。ファミリー4コマ誌で萌え系4コマ誌でもない「ストーリー4コマ」誌からどんな作品が飛び出すのか、気になった読者は相当数いると思っている。少なくとも私がそうだし、新しいラブリーに期待もしていた。しかし、こうした旧来の読者の多くが大々的なリニューアルによりラブリーから離れてしまったことは、想像に難くない。

【追記(6月19日 17時45分)】――と、前の段落および概要では書いたのですが、色々な話を総合すると的外れだったようなので削除しました。想定読者へのアプローチはうまくいっていなかったというわけではないようですね。ただ、編集部の現場では、私の想像をはるかに越える苦労があったようです。ふたつ前の段落で書いた「震災の影響」も、現場にとって最悪の形で現れてしまったようです。その意味で、ラブリーはリニューアルの成否が判断できる前に休刊となってしまった、と言うのが適切だろうと思いました。現場の編集者にはただただ、お疲れさまでした、ありがとうございました、そして前の段落のようなことを書いてごめんなさい、という他ありません。【追記ここまで】

――

以上、駆け足ではあるが、近年のラブリーの歴史とリニューアルを振り返った。冒頭の繰り返しになるが、ラブリーをリニューアル前から購読し、リニューアル後も楽しみにしてきた私としては、この休刊は実に残念である。せめてこの休刊が多くの人の記憶にとどまることを願って、このように記録をとどめてみた次第である。

加えて、一読者として、いくつかの作品についての思い出も記しておこう。HERO「はじめのちひろ」は、作者らしからぬ比較的軽いノリと、作者らしい〈結〉の位置をずらす手法が印象的な作品だった。四ツ原フリコ「恋とはどんなものかしら」は、ひどく重い恋の話を、4コマから4コマへの連続性を大切にし、ストーリー性強く主張する作品だった。菊屋きく子「ココロナヤミに小鶴堂」は、小鶴堂を訪れる客の過去に確かなストーリー性がありつつも、小鶴堂メンバーは淡々と仕事をこなすという、非〈日常〉と〈日常〉が合わさった面白い作品だった。玉置勉強「うみそらノート」は、〈緊張〉(対義語は〈弛緩〉)の連続と自由度の高いコマ割りにより、友愛の瞬間を強く印象づける、興味深い作品だった。ハラヤヒロ「帰宅部活動中!」は、帰宅部という最も「青春」から遠い位置にありながら、登場人物たちの「今」を大事にする姿は実に青春的であり、作者4コマ作品の「括弧書きの『青春』とは無縁な私たちの青春」という点が好きだということを私に認識させてくれた作品だった。他にもいくつか好きな作品はあるが、「ストーリー4コマ誌」のストーリー4コマ作品として、私は以上の作品を特筆しておきたい。

最後になるが、連載作品が救済されることを願ってやまない。今であれば、2日の筋の雑誌=ホーム・ジャンボ・タイスペ辺りが、雑誌の色的には比較的受け入れやすいのではなかろうか。しかし、現時点で移籍が明言されているのは内村かなめ「ひとりじめ弟イズム」のみであり、しかも芳文社他誌ではなく他社への移籍である。より多くの作品について良い知らせが聞こえてくることを祈りながら、この記事の締めとしたい。

芳文社『まんがタイムきららミラク』vol.2

発売から約一か月遅れでようやく読むとかどうなの俺……。前号からのブランクは約三か月。今号のキャッチコピーは前号の「もっと、自由に4コマを。」から変わって「4コマは豹変する。」に。

小波ちま「リリィ」
お話的には久美の姉・幸子とリリィの相互牽制。最後の一本で睨み合う幸子とリリィの緊張感がストーリー4コマ的だなあと思う。しかし、本作において真に注目すべきはストーリー性ではなく、女性キャラの身体性だろう。加えて本作について言えば、リリィが空を飛べるということが構図についても自由をもたらしている。7ページ左3・4コマ目のカットバックや9ページ2コマ目のロングショットはその最たる例だろう。幸子やリリィの全身をコマ内に収め身体的な存在感を出すことだけでなく、リリィの躍動的な動きを表現することにも成功していると言える。他のあらゆる4コマ誌と比較したミラクの特色はこのような点にあると言えよう。
眉毛「純粋欲求系リビどる」
陸上部中のしずくの姿をキッカケにリビドーを具現化させてしまうリヒト。本作は前述した女性キャラの身体性を直接的に体現した作品と言えよう。16ページから17ページにかけてレン、ルコ、リク、そして先の陸上部中のシズクと、それぞれが運動する様を躍動的かつエロティックに見せている点からもそれがよく伺える。今回はそれに加えて言葉でも攻める。「そういうコト考えてるとどんどんおっきくなっちゃうわよ」とか「マクライくんの……なんか濃いかも」とか。こちらもミラクの色にバッチリハマってる作品だよなあ。
タチ「桜Trick」
ベランダでの秘め事。自重しないガチ百合空間がヤバいとしか言いようがない。容赦なくチュッチュし合う二人とか「結婚してー」とか「私の方がえっちだよ」とか、割り込み得ない二人だけの空間ができてる。もうこのまま突き進んでくれって感じ。
teti「おきまりラブ」
前号では感想を書かなかったけどちゃんと読んでたよ。美少女アニメオタクのゆずると少女漫画趣味のみのる。二人はそれぞれの望むシチュエーションを交互に叶えるという条件付きでお付き合い中。メイドと自転車二人乗りの前号ではよく分からなかったけど、幼馴染一本で通した今回で分かった気がする。この作品は男子的想像力と女子的想像力の差異(の可笑しみ)を描こうとしているんだ、と。66ページの左と右の対比はその分かりやすい例だし、72ページ右に序盤から中盤では描かれてないみのるの少女漫画的妄想を持ってくる辺りにその意志が見え隠れしている。その意味では、この作品が少女漫画的な絵柄で、ゆずるがもっとイケメンだったら良かったのにと思わなくもない。楽園に鏡はいらない。
はりかも「夜森の国のソラニ」
お話的には第二話的なイントロ話。夜森の国のモブ住人たちの過去は、それはそれとして気になる。それはさておき、今回は濃厚なガンガン的構成にやられる一話だろう。P.81左→P.82右→同左が特にそう。ヒロインがヒーローの孤独を心配し、ヒロインのポエティックなモノローグに移り、そしてヒーローの過去がフラッシュバックする。もう王道過ぎるし俺はその王道が好きすぎる。絵柄やキャラ間の関係性だけでなく、作劇構成までガンガン的とか、俺はもうどうしたら。
name「前から二両目」
前号では感想を書かなかったけど以下略。女子フェチ女子の電車通学。徹頭徹尾フェチ目線。割烹着女子はハッキリ言って俺も好きです。特に袖口がすぼまったところとかね。さて、本作で面白いのは遠近感の表現だろう。知人の言葉を受け売りするなら「被写体深度」。コマ内の主でない被写体は、目を隠したり影をつけたりといった漫画的な手法により、主な被写体でないことが表現されるのが一般的だ(「リリィ」9ページ右2コマ目と比較すると分かりやすい)。しかし本作ではそのような表現はなされず、代わりに主でない被写体はピンボケして描かれている。おそらく本作はデジタル的に制作されており、遠近はレイヤ分けされ、主たる被写体が存在するレイヤ以外にピンボケエフェクトをかけているのだろう。漫画的手法からの解法とでも言うべきか。こういう自由もミラクは許容するのだなあ。
パイン「きしとおひめさま」
扉に「変転編」と書かれていてビビったけどvol.1にも「序章編」って書かれていたので落ち着いた。さて本編は大穴からまばゆい光が出てきてさあ大変……なのだけど、所々の4コマ目に所長やら誰やらのマヌケな姿が出てくる辺り、シリアスなのかギャグなのか分からなくてつらい。vol.1ではあんなにシリアスだったのにどういうことなの……。そしてラスト一本の鎧の騎士が超展開で笑う。この作品はどこへ向かおうとしてるんだろう。リリースされた時期的には神作品になりうるポジションにいるはずの作品だと思うのだけども。
CUTEG「スイート マジック シンドローム」
前号を読み終わった後に知人たちから言われて気づいたんですが、甘子さんの髪飾りは三色だんごなんですね。そんなこと言われたら黒髪があんこに見えてくるじゃないですか。ちなみにその知人からは、白黒でしか描かれていないプリンさんのベレー帽が茶色に見えるのはスゴイと言われました。さて今回はお菓子の国からプリンの姉と妹、クレームとショコラが登場。白くて(←俺には白に見える)ふわふわした髪で、雰囲気もどこかふわふわしたクレームさん。黒髪で暗い茶色(←俺には以下略)の洋服に身を包み、性格は甘くないショコラさん。擬人化脳の俺得すぎる新キャラたちにたぎらざるを得ない。もうこのまま擬人化的可愛さを追求してくれればそれで俺は満足です。

約三か月のブランクがあったけど、全体的にすんなり読めたので良かった。案外、設定って覚えてるもんですね。あと、上では感想を書いてないけど、vol.1で完全に振りきられたはずの「メランコリー」と「月曜日の空飛ぶオレンジ。」が読めてしまったことに驚いた。特にオレンジは過激なカメラワークがおとなしくなって読みやすくなっている辺り、軌道修正がよくできてるというか何というか。

で、vol.1から読んでる人間はいいとして、これ、vol.2から読もうとしたらちょっと辛いかもしれない。連載作品の柱に書かれてるキャラ紹介はありがたいけど、ゲスト作品はひとつも無いし、公式サイトに作品紹介は無いし、vol.1から読んでみたいと思ってもバックナンバーが買える仕組みが無い。しかも、制作側はそれを意図的にやっているようにさえ見えるのよね(でなければ掲載作品のタイトルくらいは公式サイトに載せるっしょ)。「作品の内容だけでなく、売り方も実験的なんだよ!」と言われればそうなのかもしれないけど。ともかく、これだけ俺好きな作品が載っているので、ぜひ生き残って欲しいなあと思うわけです。

次号vol.3は7月16日に発売。

芳文社『まんがタイムラブリー』2011年5月号・6月号

7月号では悲しいお知らせがあるみたいですが、それは7月号に回すとして……。

佐伯イチ「サンタはじめました!」
5月号は借金取りに追われる二人。誰一人として危機感の無い様が可笑しく、可愛い顔してスゴ腕の魔法使い・モカとの聞く耳持たない様がいいキャラしてる。こういうコミカルなやり取りこそ、作者作品の良さだよなあ。
四ツ原フリコ「恋とはどんなものかしら」
5月号は撫子先生の恋のトラウマ。「色恋に縁がなさそうなのが」→「あの人もそれを知っていたのだ」の流れがグサグサ来る。自分と同じニオイを感じていたのに別世界の人間だったということに落胆するという、相手のことを全く知ろうとしなかった人間の、身勝手だけどそうでも思わないと自分を保てなくなる感情。この作品が好きだということを自覚してしまったじゃないですか。
堤妙子「君と朝まで」
5月号は新担当の鬼辺さん。そのイヤミさにタジタジになるけど自分のために戦ってくれると知って徹夜で頑張る遅井さん。その動機が「この人のために!!」という辺りが可笑しい。即効で惚れて即効でフラれる様がもうね。てかタイトルの「朝まで」ってそういうことなんですね。
ハラヤヒロ「帰宅部活動中!」
6月号は放課後ハンバーガーショップで不良の高橋くんと。帰宅部という設定は「何も起こらない日常」の極北であり一見「青春」とは無縁に思うのだけど、その日常を全力で過ごそうとする佐藤くんとか、その日常にまだ踏み込めないでいる渡辺さんの迷いとか、迷う彼女を一歩引いた立場から励まそうとする高橋くんとか、そういう今を大切にするスタンスは実に青春的であるなあと思うわけです。一言で言えば、括弧書きの「青春」とは無縁な私たちの青春、という感じ。俺のハラヤヒロ4コマ好きっぷりが言語化できてきた気がする。
内村かなめ「ひとりじめ弟イズム」
6月号は山田兄妹宅にお泊まりのカンナ。カンナ→桜←楓という桜総受けっぷりはもとより、カンナと楓のケンカっぷりが可笑しい回。お風呂でバッタリ後のセリフとか互いの憎々しさがよくあらわれていてもうね。そして最後の二本がこれまた秀逸。桜目線から二人を描くことにより全てを桜に回帰させる様は見事というしか。

竹書房『まんがライフオリジナル』2011年5月号・6月号

二周回遅れ……。とりあえず先月号まで。

【ゲスト(5月号・6月号)】朧月/かさまひろゆき「兄がライバル!」
三か月連続ゲスト。私のお兄ちゃんは女装少年で女子校通い。ビジュアルとしては兄・晶の線目と妹・真琴のあわあわ口が掴みとして和み。お話的には優しい司くんをめぐった兄と妹の三角関係が可笑しい。姿だけでなく心も女子女子しい晶の動きが気になるところ。女装少年4コマラッシュの中で独自性を見せてほしい。
板倉梓「野村24時」
「考えただけで恥ずかしい…」だの「体が火照って眠れなくて…」だの思わせぶりな言葉からにじみ出るエロティックな雰囲気も好き。「あかつきの教室」でも見え隠れしているけど、この作者はライトであれヘビーであれ性差というものに食い込んで行くよなあ。その意味でも作者は4コマ作家らしい。
【ゲスト(6月号)】野広実由「惑い星と花」
同人誌『まんがぶらふオリジナル』収録作品が三か月連続ゲストで登場。心と体が不釣り合いに育つ中一女子・結衣子。作者の過去作品を知る人ならば、本作は衝撃的に映るに違いない。ここには自立的な真面目さも幼齢的な無邪気さも無い。あるのは肉と血の生々しさ、そして「自分が穢れたように感じる」という性的な自意識である。作者はそれらを直接的・間接的な手段でもって徹底的に描こうとしている。切れ目の入ったゼリーが分かれる様に何かを見出してしまう結衣子の自意識などはその最たるものだろう。本作といい『まんがぶらふチアーズ!』の「いつもこんなかんじ」といい、作者の新境地は実に強烈である。注目せざるを得ない。
施川ユウキ「12月生まれの少年」
6月号は道端のエロ本。これは少年期の自意識を描く本作が避けては通れない道……! エロ本を上着の下に隠して家に持って帰らないのかよ柊は! とも思ったけど、「丸い石」から始まる柊の大人に対する恐怖がダダ漏れな妄想が予想外すぎてどうしようかと思った。
よつぎりポテト内を検索
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