2010年03月の記事

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仲良し姉妹の微笑ましい日々,そして言葉と精神の成長――琴久花央『ひよぴよえにっき。(1)』

琴久花央『ひよぴよえにっき。(1)』

ちあきとはるは小学五年生と二歳の姉妹。ちあきは忙しいお母さんの代わりにはるのお世話をする立派なお姉ちゃん……なのだけど,自身もまだ幼いため,ちゃんとお母さんの代わりができているのか,時に戸惑う日々。そんなちあきの気持ちを知ってか知らずか,はるは自由奔放で好奇心旺盛で,ちあきはまたヒヤヒヤ。そんな姉妹の日常を描いた作品。芳文社『まんがタイムきららキャラット』連載。

仲良し姉妹の日々はとにかく微笑ましい。まだ物心がついていないはるの一挙手一投足はちあきの予想からことごとく外れ,子供らしい元気さと純真さを見せてくれる。お姉ちゃんらしくとはるを頑張ってお世話するちあきは,時にはるの行動が理解できず不安になるも,その度にお母さんやはるの言葉に励まされて元気を取り戻す,健気ないい子である。少女漫画的な絵柄と描線,そして背景に飛ぶ音符や花やハートは,二人の日々を時に楽しく,時に優しく彩っている。

そんな二人を読み解く上で読み逃せないのが,はるの赤ちゃん言葉である。今作では,はるの言葉は全て赤ちゃん言葉で読者に示されており,ちあきの耳にも間違いなくそのように聞こえている。自身を呼ぶときは「はる」ではなく「はゆ」,お母さんを真似た「愛してる」は「あいちてゆ」,そしてテレビ番組の「みんなといっしょ」はまだうまく言えずに「みなちょ」となる。そんなはるに,ちあきは時に和み,そして正しい言葉を伝える。それは「親」と「子」の自然なあり方かもしれない。しかし,この二人を見てこのようにも言えるだろう。言葉をうまく操れないことは幼さの証であり,言葉を巧みに操れることは大人としての――少なくとも幼くはないことの――証である,と。

言葉の習熟と精神の成熟,それは描き下ろしのちあきとはるの番外編によくあらわれている。体が入れ替わった二人を見れば,ちあきの体で赤ちゃん言葉を使う「はる」はその行動と相まって確かな幼さを見せ,それを諭すはるの体の「ちあき」は言葉を巧みに用いることでお姉ちゃんとしての頼もしさを見せている。また,幼くなってしまったちあきは「おはなちちにくいーっ!!」と,まさに言葉の不自由さを見せている。さらに,大きくなったはるは自らのことを「はゆ」と赤ちゃん言葉で呼ぶのではなく「はる」とハッキリ呼んでいる。

そして作者は,言葉をうまく操れない者が言葉を用いて自らの意志を伝える瞬間を描くことに意識的である。ここで作者の同人作品『CLOVER』に目を向けてみよう。この作品では,言葉を持たない猫耳少女が,スケッチブックに描いた草花の絵で少年と「会話」をする。三つ葉のクローバーに「ありがとう だいすき」の気持ちを乗せ,その先の草花に「その先の気持ち」を乗せて,少女は少年と通じ合う。少年が「その先の草花」を見つけた瞬間の少女の戸惑い,そしてスケッチブックから「その先の草花」の絵がこぼれ落ちた瞬間の少女の喜びにも似た表情は,草花という「言葉」を持ちながらも自らの気持ちを「言い出せな」かった二人が通じ合おうとする・通じ合う瞬間の表情として,非常に魅力的である。この作品が空白のカギ括弧「    」で締められている点からも,作者が言語的コミュニケーションに意識的であることが読み取れる。

琴久花央『ひよぴよえにっき。(1)』107ページ左1コマ目

その上で今作にひるがえり,はるがちあきの友達に対して,その友達曰く「ヤキモチ」を見せる回を見てみよう。この回では,はるは友達と仲良く話すちあきの隣で,その友達を見つめながら静かに戸惑い,ちあきの洋服を「きゅ…」と握る。その直後,はるはちあきに対してお遊びを要求する。はるの口からは「ヤキモチ」という言葉はもちろん,戸惑いを直接表すような言葉も出てこない。すなわち,はるはそのような言葉をまだ持たない程に幼い子供なのである。そして,そんなはるを見たちあきが「はるも成長したな」ではなく「はるの世界もどんどん広がっていくんだろうな」と,はるの現在ではなく未来,すなわち,これから大人になっていくはるを想うのもうなづけることである。はるは誰の目にも,そう,読者の目にも,まごう事無き幼い子供なのだから!

少女漫画的な感性で描かれる,仲良し姉妹の微笑ましい日々,そしてはるの言葉と精神の成長。いつか,はるが自らの言葉で自らの感情を表現する日――彼女が子供から大人になる日――を夢見て,この先も二人の日々を追いかけていこうと思う。

おとなり感想

どちらかというとあかんたれで、おっちょこちょい、ちょっと気弱だったりもするちーちゃんが、妹はるのために奮闘する。その様子はほのぼのとして微笑ましく、楽しく、面白く、時には笑えて、けれどその笑みは、ただおかしいからっていう感じではないんです。なんというんだろう。そう、頑張ってるね、いいお姉ちゃんだねって、そんな気持ちが自然とわいてきて、笑顔になってしまう。しみじみと嬉しくさせてくれるようなお話なんです。

こととねお試しBlog: ひよぴよえにっき。

「2歳児のピントの外れた応答、2歳児の世話をするには明らかに能力の足りていない10歳児の努力、能力不足から必然的に発生する失敗、失敗しても『お姉さんだから』繕おうとする虚勢」、ここら辺が一体となって不思議な感情がわくこと間違いないです。

庇護欲? 庇護欲なのか!? 庇護欲なのかーーーッ!!?(知らんよ

琴久花央「ひよぴよえにっき」 おまえらロリコンなら当然10冊ぐらいは買ったよな。 « おれせん?

フィードバックのある二人の関係があり、はるの一挙手一投足を見てちあきお姉ちゃんが何を思い何を感じるかを丁寧に描いているために、お留守番とお遊びの日々にささやかなドラマが生まれ、なんてことのない日常の光景でも飽きずに読ませてくれるんですな。

濃霧-gNorm- ひょうたん書店 準公式サイト: 親の目線で覗く仲良し姉妹の日常!これ読んで和まない人はいない! 1巻目の「ひよぴよえにっき。/琴久花央」

無垢・無邪気・仲良し、そうした要素の微笑ましさが全体にあふれる作品。この雰囲気は、「子供たち」への優しい視点から発せられているものではないかな~・・・という気がしますので、そんな感覚にハマれる人なら楽しめるかと思います。

五里霧中: ◆ 「お気に入り」 プチ感想63

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内村かなめ『もっと!委員長(3)』の帯コメントを書きました

内村かなめ『もっと!委員長(3)』献本

ドM風紀委員長・ちよにもライバルが出現し、風紀委員、生徒会、不良集団が入り乱れる中、欲求不満や妬きもちで悶々とする女子たちがたまらなくおかしく、そして可愛いのです。

内村かなめ『もっと!委員長(3)』帯コメント

3月20日発売の内村かなめ『もっと!委員長(3)』の帯コメントを書きました。連載誌『まんが4コマKINGSぱれっと』連載当初から好きで読み続けており,単行本1巻発売時には感想を書き,その後,作者および担当編集様との様々なご縁があって,今回の帯コメントに至った次第です。

当初はドMちよ・ドSえみの絡みが主だった今作も,登場人物が増えるに従って,女子たちが見せる妬きもちも目立ってきています。そんな彼女たちの人間味あるキャラクターにリアリティがあって魅力的なんですよねえ。今回の帯コメントは,今作のそういった魅力を伝えたくて書いたものです。

現在,作者は入院中とのことです。どうか皆様,作者の無事をお祈りください。そして作者の入院費の為にも,単行本を手に取って下さい……!! なお,とらのあなおよびWonderGOOでは購入特典が付くようです。

また,今回の単行本発売を記念して,以下に作者4コマ作品の紹介&解説的な記事を書きました。よろしければ合わせてどうぞ。

あと,作者がバナーキャンペーンを開催されているので,バナー貼っておきますね。

もっと!委員長 3月20日 3巻発売

プリミティブな欲望と女性性――内村かなめの4コマ作品を読み解く

内村かなめ『もっと!委員長(3)』

女性を描いた4コマ作品は数多く存在する。とりわけ,昨今のいわゆる萌え系4コマ漫画の隆盛により,少女を描いた作品が目立ってきている。ある作者は少女たちのゆるい日常を,またある作者は少女たちの少女性を,さらに別の作者は少女たちの賑やかな関係性を,それぞれ自らの作品で描いている。

内村かなめも,そういった漫画家の一人である。この作者の作品はメインヒロインがひとクセもふたクセもあることが特徴である。ドMな風紀委員長,血を吸われる思春期女子,中身はオカンなメイドロボ――。そして彼女たちの日常は,あけすけで,生々しくて,ともすれば下品とすら捉えられるかもしれない。しかし彼女たちの姿に目を凝らせば,実に人間味を帯びていて魅力的なのである。そしてその人間味は,あけすけで生々しい日常だからこそ,読者に強く伝わるのである。

本記事では作者の4コマ作品を「プリミティブな欲望」と「女性性」という二つの観点から読み解き,その女性キャラの魅力に迫る。取り上げる作品は「もっと!委員長」「限定彼女」「俺とメイドと時々オカン」である。

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